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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)3706号 判決

原告 井部秀子

〈外二名〉

右両名法定代理人親権者 井部秀子

右三名訴訟代理人弁護士 斎藤一好

同 森美樹

被告 木内時男

右訴訟代理人弁護士 稲見録郎

被告 斎藤貞作

右訴訟代理人弁護士 渡辺御千夫

同 日下謙吾

主文

被告等は各自原告井部秀子に対し金百三十六万三千三百六十円、原告井部祐子及び同井部正治に対し各金百五十六万三千三百六十円及び各右金員に対する昭和三十三年十月二十九日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその一を原告等の負担としその余を被告等の負担とする。

本判決は原告等において各被告につき金三十万円の担保を供するときは、当該被告に対し仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、訴外井部正雄(以下被害者という)が原告等主張の日時場所において、被告木内の運転する被告斎藤所有の乗用自動車トヨペツト五十四年型(以下本件乗用者という)にはねられて即死したことは当事者間に争いがない。しかして、右事故が原告等主張の如き被告木内の過失に基くものであることは、原告等と被告木内間においては争いがなく、成立に争いのない≪省略≫を綜合すれば右事故は原告主張の如き被告木内の過失により生じたものであることが認められる。

二、従つで被告木内が原告等に対し不法行為に基く損害賠償責任を負担することはいうまでもないが、以下被告斎藤の賠償責任につき判断することとする。成立に争いのない甲第十二号証≪省略≫を綜合して考察するとつぎの事実が認められる。

被告斎藤は同人がかつて代表取締役をしていた板橋製紙株式会社が、昭和三十三年一月頃解散したので右旧会社の施設を利用して新たに板橋製紙工業株式会社を設立することを計画し同年十月初頃から訴外渡井秀雄他数名と共に新会社の設立を準備し設立手続中既に操業を開始した。その頃被告木内は右渡井及び被告斎藤から招きをうけて設立準備中の右新会社の運転手として雇われ、社内に起居し、専らトラツクの運転に従事した。被告斎藤は当時従業員から社長と呼ばれ、経営の実権を握つており、右渡井は専務として工場従業員の指揮監督に当つていた。本件乗用車はもともと被告斎藤が二男至弘のため購入しその後他に売却する予定で昭和三十三年六月頃からこれを右会社工場敷地内の倉庫に格納し、訴外斎藤邦雄に右保管を依頼していたが、同人は本件乗用車の鍵を会社事務所内の同人の机の引出に入れて保管し、後には同事務所のカウンターの手すりのところに、トラツクの鍵と一緒にかけておくこともあり、その場合には自由に使用できる状態にあつた。被告木内は入社後前記トラツクの運転のみならず被告斎藤又は右渡井の命を受けて本件乗用車を運転し、被告斎藤を乗せて同人の自宅その他に送つて行つたり、或は他の会社従業員を乗せて登戸や川口に社用で運転したことがあり前記のように売却の予定であつたが尚被告斎藤個人の為又被告斎藤らが設立準備中の新会社の為現実に利用せられていた。本件事故当日、被告木内は午後六時頃渡井の命を受け本件乗用者に同人他三名を乗せて池袋に赴き同所で飲酒の上、再び右同人等を乗せて午後十時頃一旦工場に帰つたが、食事に行くため単独で本件乗用車を運転中、本件事故を起すに至つた。

以上の事実を認めることができる。乙第十七号証≪省略≫の結果のうち右認定に反する部分は他の証拠に対比して、措信できす、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

しかして、自動車損害賠償保障法第三条にいわゆる「自己のためにする自動車の運行」に該当するかどうかについては、いわゆる危険責任ないし報償責任の法理を採用し、運転者の主観にかかわらず、具体的な当該運行が一般的、抽象的に運行者の為にするものと認めうるか否かによつて判断すべきものと解するのが相当と認められるところ、前記認定事実に徴すると、本件事故当時における被告木内の本件乗用車運転行為は私用のためであることが認められるが、前記被告木内と被告斎藤との身分関係、本件乗用車の当時における使用の態様からみて、右運行は、なお被告斎藤の前記法条にいわゆる自己の為にする自動車の運行の範囲に属するものと認めるのが相当である。従つて、同条但書の免責要件が存在することの主張立証がない本件においては、被告斎藤もまた本件事故による損害賠償責任を免れない。

三、そこで被害者及び原告等の蒙つた損害額について判断する。

(一)  被害者の得べかりし利益の喪失による損害

成立に争いのない甲第一号証によれば被害者は大正七年七月二十日生れで、歯科技工士を職とし本件事故当時満四十才であつたことが認められ、又厚生省大臣官房統計課調査部編第九回生命表並びに成立に争いのない甲第六号証≪省略≫を綜合すると被害者の平均余命、収入額、生計費につき原告主張の請求原因第六項(イ)から(ハ)までの各事実をそれぞれ肯認することができる。しかして右被害者はすくなくとも六十才迄は右職業により右程度の収入を得ることが可能と考えられ、かつ右年令を限度と認めるのが相当であるから死亡の際を現在時としホフマン式計算法により其間の中間利息を差引き計算すれば現在の損害額は四百三十九万八十円ということができる。なお、被告木内は、本件事故発生については被害者にも過失があり、損害の算定につき斟酌されるべき旨主張するが、被害者に過失があつたことを認めるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。しかして、原告井部秀子が被害者妻であり、その余の原告等が被害者の子であることは当事者間に争いがないから、原告等は被害者の有した右損害賠償請求権の各三分の一宛すなわち、金百四十六万三千三百六十円の損害賠償債権をそれぞれ相続により取得したものということができる。しかして原告井部秀子は自動車損害賠償保障法による保険金三十万円の支払を受けたことを自ら認めているから、これを前記金額から控除することとなる。

(二)  原告等の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料

原告等が被害者の妻或は子として、被害者の死亡により現在及び将来に亘つて、甚大な精神的苦痛を蒙つたことは明らかなことであつて、本件事故の状況、損害の補填その他本件口頭弁論にあらわれた一切の事情を勘案すると右精神的苦痛を慰藉する為、原告井部秀子については金二十万円、原告井部裕子及び同井部正治については各金十万円が相当であると認めることができる。

四、よつて本訴請求中被告等各自に対し、原告井部秀子が金百三十六万三千三百六十円、原告井部裕子及び同井部正治が各金百五十六万三千三百六十円及び右それぞれに対する本件不法行為の日の翌日である昭和三十三年十月二十九日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容することとし、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 池野仁二 裁判官 田辺博介 土屋重雄)

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